伝統とこだわりの一徳庵

醤油の歴史
醤油づくり約四百年の歴史が生んだ、「島醤油」のふるさと、小豆島。

良質の「塩」を生かし、気候、海運の便、
そして醤(ひしお)の技をよりどころに「島醤油」が誕生。

昔から、「塩」の名産地に数えられた小豆島。江戸時代には幕府への献上品でもあった良質の塩を生かして、小豆島の醤油づくりは始まりました。瀬戸内海特有の年間を通して雨が少なく温暖な気候は、塩田による塩づくりだけでなく、醤油づくりに欠かせない麹の発酵にも適していました。さらに、海上交通の要所であったことから、肥前・肥後の大豆・小麦が港に集散し、大阪などの大消費地への海運にも恵まれていました。これに名勝・寒霞渓の渓水を得るなどの好条件が一つになって小豆島の醤油づくりは発展し、「島醤油」と呼ばれる特産品となりました。 小豆島の海イメージ

島の醤油産業の発展に大きく貢献した、
創業者・武部吉次(たけべよしじ)の足跡。

小豆島の醤油産業が大きく成長していくなかで、武部吉次は昭和の初めに地元の学校を卒業してすぐ、当時の舟山醤油(株)に入社して醤油の製造に携わりました。昭和36年まで戦後の醤油統制時代を経るなど多くの辛苦をなめながら舟山醤油(株)の専務として小豆島醤油業界の発展に貢献。その後、一旦醤油の製造部門から離れましたが、小豆島醤油協同組合理事長の経験をもつことなどから地元の醤油製造業者から求められ、昭和41年(1966年)に醤油会社を設立しました。その「関西醤油株式会社」は、後に「タケサン株式会社」と名称を変更し、こだわり醤油の生産を中心に現在も発展を続けています。
また、昭和47年(1972年)には、高度な技術が要求される醤油醸造の協業化をめざして「株式会社島醸」を設立。ここでは、伝統的な本醸造方式を守り抜き、年間を通して高品質で味わい豊かな生揚げ(きあげ)醤油を、醤油製造各社に安定供給することで、小豆島の醤油産業の発展に貢献してきました。
関西醤油株式会社

小豆島の観光名所へと発展した
醤油蔵が並ぶ「醤の郷」(ひしおのさと)。

小豆島の醤油・佃煮工場が軒を連ねる一帯は、現在は、「醤の郷」(ひしおのさと)と呼ばれ、観光客で賑わう名所の一つにもなっています。この「醤の郷」のそこかしこで目につくのが、黒い甍(いらか)の醤油蔵。伝統の天然醸造醤油を仕込むそれらの蔵では、醤油を育てていく上で重要な醤油の菌が何十年も住み着き、それぞれの蔵独自の醤油の風味を醸し出していきます。黒い甍は、蔵の中で麹菌が生きていることの証です。この蔵の中の巨大な杉桶(こが)に仕込まれた醤油は、1年以上を過ごすことで、天然醸造ならではの濃厚な旨味と色合いを備えます。「一徳庵」の醤油は、登録有形文化財にも指定されている醤油蔵で、伝統の技法を守り、じっくり手間ひまかけて醸成させた本格的な本醸造醤油です。 もろみ蔵外観
もろみ蔵内観

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